ふたつの運動会の人権 20231106

子育て

前回と前々回の投稿はさっちゃんの後ろ姿の画像。
もともとおじいちゃんおばあちゃん好きな私はやはり高齢者の背中に物語を感じる。
さっちゃんはおてんば感がビシビシでてる。

さて、
ふと仕事している最中に
運動会についてふたつのエピソードが浮かんだ。

1つ目は
泉房穂さん(元明石市長)の「社会を変える」を読んで印象的だった政治を志すきっかけになった運動会のエピソード。

障害のあるなんとか歩けるくらいの
泉さんの弟が
運動会に出たいといったことに対し自分が
「みんなに迷惑がかかる、みっともない」
といった。

反対を押しきって弟は徒競走にでたが
よーいどんがなり
弟はやっぱり
他のみんながゴールしたあとも、走っているような歩いているような状態のままだったけど

満面の笑みだったとのことだ。

なんで自分は応援してあげなかったんだろう。
みっともないと言った自分を1番みっともないと反省し
深く考えたようだ。

本人の幸せは本人が決める、
その人はその人なりの生き方があるんだ。

その環境ができるような社会を作りたいと思ったそうだ。

そして2つ目のエピソードは

最近お知り合いになった
れいわ川口市議の小山ちほさん

指定難病の長男と知的障害の次男をもち
優しい世の中になるように全力で尽くされているお方。

あるツイッターで次男の運動会の事がのっていて
そこから抜粋

「幼稚園のリレーではトップバッターで走るの好きでしたが、2年生の運動会での徒競走で、走りたくないのに無理やり先生に引きずられ、泣きながらゴールしたという経験があり、親としては胸を引き裂かれるぐらい辛い経験をし、次男もトラウマになってしまいました。

その次の年は
「絶対!走らない!」先生に宣言をし、先生が走る以外の役をを与えてくれたとのことでがんばって旗を振る役をやったとのことです。」

楽しそうに旗を振る様子の次男くんの画像がのってる。
次男くんに
会ったことあるのですか天使のような子でした!

親や社会がこうすれば幸せだと思うことは
その人にとっては幸せかどうかはわからない。
ひとりひとりのそれぞれの声を聞く。

それはなんとなく雰囲気でこれが一般的に楽しい事だとか普通だから安心とか思わないで
自分が本当に楽しいか心地よいか感じて考える。

人権問題で暴言とかは明らかに悪いことだってわかりやすいけれど

こういった相手の思い込みや強制の人権意識はほんと平和につながると思う。

私は高校の書道で好きな一文字「影」
と書いたら
友達がざわついていたけど
みんなが明るいことが好きだと思わないで欲しい。

と思い出した。

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