ある宗教 20221201

12月になりました。
心はお母さんのお金と介護問題でどんより、天気もどんよりしてて、どんよりってなんでしようか、ひらがなで書いて見てみるとなんか変なかんじしますね。

さて、
うちは祖父母と母がある宗教を信仰していて
でもそんなカルトではなくてまあ会費も一人月400円からみたいな、
でもいろいろと少し募金的なものしませんかといった感じで少しお金はかかりますが高額仏壇などはなく統一教会の話を聞いていたら正直消滅していくのではないかなあとか思う感じでした。

私はお母さんのすすめもあり、またお母さんがおばあちゃんおじいちゃんがしていたというなんとなく郷愁感もあってか、あとはなんとなく母になったことによる精神不安からか、この宗教がやってるこども会的な近所のつどいに参加していました。

まあ参加している人も神様がなんたらは若い人はあんまり言わずゆるい感じでレク的なものを催していただいたので、みんなでクッキングしたり制作したり楽しくありがたかったです。

会費を払うと毎月冊子が届く、そしてその他に毎年冊子を毎月とらなければならずそれも年間2000円くらいでまあそんな高くない。
そしてプレゼントだと言われてもう一冊毎月冊子が届いてました。
毎月合計けっこうしっかりした冊子が3冊届くようになりました。
一年で36冊。

哲学的な部分では共感できる部分もあったので、例えばとにかく長所をみて伸ばす、短所は消えるとか。すべてのものが神とか自然とかとつながっていて感謝するとかその時はなんとなくいいかなと思ってました。

最近は色々と本読んだりでもうちょっと自分に正直に行きたいなと思うようになり残り時間もいつまでかわからないし好きなことしかしたくないし好きなものに囲まれて暮らしたいと思うようになりました。

まあ現在仕事が大半の時間をしめていてなんだかなという気持ちはあるのですが、これは子供二人と旦那と暮らすために少しおいといて他はすべて無駄な時間は使いたくない。
この宗教では自分の嫌いな人にも感謝するとか調和を重んじたり少し自分は無理して合わせていたのかもしれないと思いました。

嫌いな人からは距離を置くでいいのではないか、無理して調和するよりそれぞれが楽しく暮らす世界があれば自分が余裕を持って楽しくできればみんなに優しくもできるし自然と感謝は生まれる。星野源のばらばらって歌みたいな。

念仏を唱えて自分を整えるよりも自然にできるほうが私にはあっているのかなと思い自分に正直にしようと思ったらすごく元気になってきました。

これは私にとっては大きな変化でした。

冊子は溜まるのでけっこうすぐ捨てていて、この神様関連と言われているだろう本をすぐに捨てるのがなんとも忍びなくて、
思い切って冊子全部なしにしたいと近くの会員のリーダー的な人に言ってみるとかなり冊子をゴリ押しされたのでこちらもはっきりほんとになしにしたいと言ったらちょっとそれだと入会したままではなく退会してくださいとのことになった。
退会は別に付き合いで入ってたのでお金がそんなに余裕もなかったのでそれでいいんだまあいいやと思った。

リーダー的なHさんには自分なりの考え方ができていまはとても元気だと伝えたら
Hさんからは元気で良かったけど退会は残念だと自分が至らなかったと言われました。

宗教は生きていくうえでその人に良い作用があればそれぞれ信仰をもつことは悪いことだとは思わないけれどその信仰が絶対なものであるかというと、私は相対的なものだと思う。

2ヶ月後にHさんからまた冊子をプレゼントしたいと連絡があった。Hさんはとても優しくて気遣いができてお世話になったし好きな人なので一度やんわり見ないからと断ったが、もう一度見なくてもそっと置いとくだけで良いとそれがあるだけで魔法のように幸せになるかのように言われたけれど、また同じことの繰り返しなのでまたお断りした。
聞くと冊子担当の役目についたそうだ。

私を元気にしたいためにこの宗教に誘っていたのではないのかな??
冊子を買ってもらうためだったのかな?
目的が宗教の普及になるとよくわからなくなる。

自分なりの考えは自分にしかわからないし、自分なりにその時その時考えることがいいかなと思う。

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