さっちゃん退院 19-24日 20240906

介護
DSC_1616

19日目 9月1日

体拭きをする。
大量に痰がでて、口を開けないさっちゃんの
何度もお願いして口の端に手袋した親指を入れながらなんとかカテーテルを入れて
痰吸引する。

潜在的に嫌なのだろうか。
少し口開けてささっとやれば楽になるのに
全く伝わらない。

夕方に親戚にお金もらったんだー
お金持ちになったんだと
少し大げさに私が言うと
さっちゃんは目を見開いていた。

20日目

昨日に引き続きほぼ寝て過ごし
反応も弱くなっている。

抗生剤の注射が明日で終わるよと話したら
目を見開いていた。

すごくしつこく耳元で大きな声でしゃべると
ゆっくり目を開く。
元気になりたいかしつこく聞いたら
頷いてはいた。

お互い元気になってほしい気持ちと
このまま眠るようにゆっくり
休んで欲しい気持ちとある。

なかなか死を前にして
おたがい整理がつかない。

夜が比較的元気で
温かいタオルでの体拭きと
クリームをつけるのを
左腕を息子、右腕を娘にしてもらった。

孫の声かけの反応がやはり良い。

21日目 9月3日

旦那の誕生日、そのことを言ってもどうにもわかっていない。
だいたいのことをわからないという
天気も雨のような曇だからだろうか。

飼っていた猫とLINEビデオ通話しよう
と話していた。
猫を覚えているか聞くと覚えていないという
問いかけに頷く。

前からコピーして欲しいと言われていた
さっちゃんが好きな世界観の
バンドのレコードジャケットKEELを見せる。
これにここ数日喜んでいる。

とりあえずイケメンなデビットボウイもみせてみる。

22日目 

ドクターの診察

肺炎の炎症の値は低くなってるが
もう完全にさがり切ることはないだろうと言われた。

喋らなくなりほとんど傾眠状態である。
半年以上前から寝たいと寝がちではあった。
まあ老衰が進行していたんだろうと言われた。

栄養点滴をどうするかと言われたが
それについては、なしの方向で話した。

水の点滴ですごく元気になった方で
おなかが空いてる方で食べられない方
が栄養点滴に移行とかは
ありなのかなと言われた。

アルブミンという栄養の値は
もう死ぬ直前だと言われた。

このまま様子見て点滴を減らしていくことが
本人にとっても負担のない
最後となると言われた。

自分もだんだんとお別れの覚悟と準備ができてきた。

今日は快晴で午後からさっちゃんほぼ起きていて元気だ。
しゃべりかけるとすぐに目を開けて体勢変えた時の体も軽い。

友だちのおうちに今は住んでいる
さっちゃんが飼っていた猫のマリオくんと
のビデオ通話にも成功し
今日は思い出したようで喜んでいた。

夕方、ありがたいことに旦那の幼なじみがお見舞いに来てくれた。

彼は障害者難病の訪問介護士でなんかこうゆうのに慣れていた。
なんか誰とでも普通に接してくれる心の持ち主だ。

ご近所でおかずなどの差し入れしたり
勝手に家に入ったりしていたようだ。
さっちゃんも喜んでいた。

帰ったあとに幼なじみのことを
お医者さんかなとさっちゃんが言っていた。
介護関係の人、声のトーンが大きいから。

今までの過程でこうすればよかったなと
悔やまれることが多々あって
もう少し入院が短ければとか
コロナならなかったらとか
食事の固さ気をつけていればとか
もう少し病院が危機をお知らせして
ほしかったとか
いろいろあるけど

そんな後悔も
いろんな人と話しているとまあ救われる。

23日目

今日も夕方からさっちゃん元気で
酸素濃度も99%、呼吸器いらないのでは?!
といった感じで、1リットルまで下げた。

さっちゃんはコーヒー好きなので
ベッドの部屋でコーヒー豆挽いて
コーヒー入れた。

部屋中にコーヒーの香りを満たしたのだが
どう?コーヒー飲みたいかな?
とさっちゃんに聞いたら無反応だった。

匂いあまりわからないかもしれない。

ラーメンショップのラーメンの画像見せたら
ラーメンは食べたいとうなずいていた。

24日目

職員の雇用保険説明会に私が行く。
職業訓練しようかなと相談してみたが
月-金フルタイムで通わなくてはならないらしくやめようと思った。

あと年金と社会保険の免除申請の相談もしてみた。
多分年金の免除は何かしらできると言われた。

お昼すぎに帰ってオムツ替えや口腔ケアやたん吸引などをした。

さっちゃんに少しマッサージ、アイス枕をした。

コメント

タイトルとURLをコピーしました