兄の所業は長期的に金額的にも多額の要求をされていることが明細だけでも明らかになり、今のところ2年前にも数百万が数回に渡り引き出されていることがわかるようになった。
それをリアルに理解できないというか、もう脳の海馬にあの子はお金ないということが完全にへばりついている状態で、それは母にとって病気みたいになってしまったのだろうか。
この問題については薄々感じていたがここまで大きな金額とは思わずこちらも助けず申し訳なかったが、母も隠さずにもう少し叫んで欲しかった。
母にリアルに金額の話をすると目を合わせず無視するので口論になり、でもまあなんとか収まり、うちは子供にもこの話は包み隠さず話している。
お金のことについては誰もがなんだか恥ずかしがってか相手が引くからか教えてくれない。
学校も社会もお金を使ってほしいからか教えてくれない、特に親も教えてくれず困る。
そしてお金の仕組みも複雑になっていると思うし、うちではなんでも隠したくない。
それを知っている長男はこの問題については意見をしっかりもっていてそれをおばあちゃんに言ったところ「だまれ」と低い声で言われ爆弾発言となった。
母は子供が意見することではないと言った。
私は子供に対しては半人前とみたことはなく、こどもの意見こそ純粋で正しい。そしてその人の意見は年齢関係なくその人の意見として存在していている。
お母さんの意見も意見としてあるのではある。
でも母についてこの人は前から思っていたが人をみて態度を変える人だなとさらに思った。
お医者さんには偉い人だからとか丁寧に接しろとか、まあ時代がそうだったのかもしれない。
うちではというか、誰でも自分の人生を楽しむ権利があると思うし、その人自身の人生であって子供は親の意見を押し付ける存在ではないと思ってる。こちらが養っているだけで血の繋がりはどうでもよくて一緒に住む対等の友達で仲間であると思ってる。
子供自身が考えたことは概念が大人よりなくて理屈抜きで率直で素晴らしくこちらが勉強になることばかりだ。
そしてお金をたくさん稼いでる人が偉いみたいな図式もなしと思う。
私の母への怒りが収まらず、「息子に謝って」といったら笑いながら謝っていてさらにだめだこりゃと思った。
息子のおばあちゃんへの扉がさらに閉まってしまった。これは残念なことにたぶん一生消えないかもしれないから注意することだ。
私も怒りさらに冷めやらずで外に行きたくてピザ食べ放題のところに母以外の家族で自転車で20分くらい怒りながら行った。
母には帰ったらラーメン作るからと言ってはおいた。
ピザ食べ放題から帰ってくると母はちょこちょこ動いていてラーメン作ったよーと言っていた。
見ると生ラーメンのタレを小皿に入れて4回に分けて生麺をいれレンジでチンしたとのこと。
もちろん水量は適当でちょっと濃かったけど美味しかったらしい。
少し食べてみたら濃くて麺がふにゃふにゃしていてまあ食べられないこともないが美味しくはなかった。
母は「私は何でも食べるし何でもできるから」みたいに言っていた。
天然か痴呆か母はちょっと変わっているのでわからないことが多い。
味噌味かと思ったらあとでしょうゆとわかった。
気がついたら娘が近所でやってるマルシェ、手作り市みたいのに行ってしまっていた。
旦那も新しい車椅子で母を連れてそこへでかけた。
旦那が帰ってきて、娘が50円のヘアゴム買いたいけどお母さんの財布30円しかはいってないから20円ちょうだいと言われた。
娘が好きなくまのヘアゴムだった。
雨がぱらついていたが畑に行ってこまつなと大根収穫していちごとスナップエンドウに追肥した。
昨年の11月くらいから定額の畑を借りだしたから全然わからないことだらけでそこの管理の人にいろいろ聞いてる。
追肥だけでもけっこう土に触れることができてなんとなく癒やされた。
そして、木になっている夏みかんをたくさんもらって、美味しいかわからないからーていわれてジャムにでもしようと思って切ってみるとプリプリみずみずしくて、甘酸っぱくて美味しくて嬉しくなった。
夕食はお母さんに野菜をいっぱい切ってもらい具だくさん味噌汁とサラダと麻婆豆腐を作った。
いろいろとある一日だったが静かながら夕食を囲んだ。
あとで旦那に「あれだけ口論あったのに、あの後お母さんに優しかったね」と言ったら、
「被害者だから」と旦那が言った。
続けて旦那が、
「お母さんは昭和12年生まれだから8歳のときに戦争が終わったんだよね。いまの娘が8歳だね。戦争に比べたら何でもないことなのかもしれないねお母さんにとっては」と言った。

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