昨日の夜の手打ちうどんは最近作った中でもとくに美味しくまとまりがある味にできた。
迷走していた薄口しょうゆ探しもいくつか試してここ一年お気に入りで使っていたものに戻し、
半年くらい前に開封した国産の小麦粉もオーストラリア産に変えてみた。
思えば外国産の小麦粉のポストハーベスト農薬を気にして国産であることの安全性や国産消費したい思いがあったけれども
製粉会社のHPを見るとオーストラリアの土壌や環境の良さが確認できた。
パンやうどんやらでこれだけ外国産小麦粉が出回ってるということは安いだけではなくとにかく料理として扱いやすく美味しくできるというのがあるんだなと思った。
国産も外国産も農薬も神経質にならない程度に気にしつつうまく付き合って行ければいいと思った。
今朝はハービー・マンが流れていた。私は知らなかった人でジャズのフルート奏者だった。
なんかj-waveとかでかかっていそうな人で自分が若いときだったらすごく眠くるような音楽かもしれないがいまは聞くことができる。
最近お店をやっていないが手打ちうどんの師匠なる人と出会って手打ちうどん会に参加していろいろと教えてもらった。
塩水を小麦粉に混ぜてまわす、それを手にベトベトつかないようにでかくはんする、寝かす、まるめる。
とても丁寧に行う作業で、それは生き物を扱っているようだ。
工程の間で何回も生地を休ませる。それは生地が疲れてしまうとのことだ。
休み休みを入れて行ううどん生地づくり、、、袋にいれて足で踏んだり、生地の様子を見ながらする。
寝かせたり、温度調節、寝かす時間で熟成し味は変化し続ける。それはひとつとして同じものがない無限の世界だ。
そうやって繰り広げられて自分が育てて生まれてくるうどんたちの生地を手で押し麺棒でゆっくりゆっくりまるめて伸ばしていく。
とても心地よい時間が流れる。昔の人はごはんを作るのに1日のすごく長い時間かけていたと言われていて大変だなあと思った。
しかしそれは食べ物との対話が繰り返される優しい時間だったに違いないと手打ちうどんのスローな時間を体験すると感じる。
できた麺を折りたたんで長方形の包丁で切っていく。
その生地の状態にもよるが茹でると膨らむので細めに切る。全部切り終わったあとは見た目が美しいのでこれ美味しそうと自画自賛タイムに入る。
これは手打ちうどん会のみんなもコソコソと自分の作ったうどんを見て美味しそうと言っていた。ここまでがんばって育ててあとひと息の自画自賛タイム。
うどん会では茹で上がって大きなお鍋でみんなで釜揚げうどんを食べました。

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