介護のジレンマ がんばれさっちゃん 20230728

介護

ケアマネさんと介護プランを立てていく時に目標を決めていた。

さっちゃんは
駅まで7分くらい歩いていく。
家事を手伝う(野菜を切ったり、洗濯物を干す)

本格的な夏前までは家の周り200メートルくらい散歩していたが最近は暑さのせいか危ないし、まったく外に出られなくなってしまってデイサービス以外は気がつくとごろんとして目を閉じている。

毎回大丈夫かな??と思ってしまう。

大丈夫?ときくといきなり目を開けて「大丈夫だよー」でかえってくる。

ちなみに認知症の本読んだ時大丈夫と聞いちゃいけないらしい、具体的に聞いたほうがいいらしいけどいつも心配になり聞いてしまう。

そして朝はなるべく洗濯物を干してもらっている。洗濯機は前はさわりたがって教えて全自動のスイッチを押してもらっていたが、何回も停止したり回したりするので干す専門で最近はお願いしてる。

前は料理を私が帰ってくるまでに切るだけしてもらっていたが平野レミ的なすべての具材をどーんと一個の器に入れ、冷蔵庫に入れてはどこにいれたかしら?と具材が迷子になってしまうのでワタシがいるときだけ少し切ることをお願いするみたいにしてる。
食器洗いも前よりなんか全然洗えてなくてさっちゃん加減でおかれてる。

ということで目標より後退していっていることが確かだ。

こっちもやれるだけだが裏回ししてがんばっているが、たぶんさっちゃんもやれることは頑張っている。

だけど自分はさっちゃんができることをやれるようにセッティングするのもちょっと疲れてしまった。

リハビリのためにいろんなことをお手伝いしたほうがさっちゃんのためにはいいのだけれどこちらも余裕なくて自分でやっちゃったほうが早いので自分でやっちゃってしまう。

デイサービス増やすのは人との交流やちょっとした脳トレと歩行訓練にはなるのだけれども家にいないので家事をやらないとその部分の衰えはきてしまう。

そもそも認知や体の機能は年と共に当たり前に衰えていくものである。

それが自然なことなのだと思う。

無理はさせていないかな、でもこちらの生活もあるからデイサービスに預ける。
デイサービスはいまはニューノーマルなこととされている。

もう介護はビジネスなんだなと思う部分もある、デイサービスからお中元のパンフレットとかもらったり、さっちゃがデイサービスの買い物で隣の人が一万円使ったとかいう。

自然の衰えに対してどこまで本人に頑張らせてどこまでサポートするかを常に考える。
想像することを続けていく。

さっちゃんはゴミ捨て場に捨ててある服をリサイクルすることを覚えてしまった。
男性用の大きめたぶんXLのシャツを今日デイサービス着ていくのどうかしらと言って着て見せた。
さっちゃんの体重は30キロ位でかなりのビックTシャツとなっているが、下にシャツ着てるし羽織る的な感じで
着こなし的にはありなのではと言った。

そもそも私は自分がいいと思ったら別にどんな服でも着ていいと思ってる。

それからさっちゃんは架空の同じ話をガンガンしてくる。面白い話もあればどうでもいい保険証デイサービスに持ってく?みたいな話をする。
これは認知症もあるけどもともとちょっと奇妙な人というのもある。

他の言語の方と話していてやっぱりなんだか具体的に話が通じてなくてもやもやが残るけど一緒にいなければならないシーンとした時と似てる。

ななまがりのパラレルワールドの住人がうちになんだか避難しに来ていると
だから親切にしなければいけないという気持ちでこちらも接するということで朝は気持ちが落ち着いた。
ななまがりのファンなので2日くらいはこれでいけると思う。

ややらかすことイコール生きている人がリハビリしているでなんとか八月を乗り切りたい。

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