旦那、新しいうどん屋編

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2年前に香川にある「がもう」のようなうどん屋をやりたいと旦那が言っていた。

ちょうど手打ちを習って毎週のようにうどんを家で作っていた時だ。

「がもうのようなうどん屋を中延のおうちでしたい」と

紙に書いて冷蔵庫に貼っていた。

そこから中延の空き家に中古の製麺機を買って入れたり、掃除をしたり、お店をやるにはどういった場所にするか、お金の計算などいろいろと考えるようになった。

知り合いにも相談したりしていたがどうにも進みはじりじりとしていた。

場所を改築しないといけないのと中延は人が少ない場所でもあった。

去年はトイレに「うどん屋さんをやる」と書いて貼っていた。

旦那はMさんとお店をしたいと物件を探し出していた。

聞くと物件の契約というのは一筋縄ではいかなくて驚いた。

お金のことを考えると余裕がない状態で始めるのは相当の覚悟が必要だった。

これからの物価高と環境情勢悪化の中で今までお店をやっている人より新参者はさらに過酷になっていく。

物件探しをし決まりそうなところもあったが結局断らたり契約を変えられたりして諦めることになってすごく疲れた気持ちになっていた。

今年の1月のある日、旦那が神保町の丸香に子供2人と食べに行ったところ、昔働いていたうどん屋の同僚に会ったという。

そこでは色々大変でいい形で辞めてなかったので疎遠だったけど話しかけてくれて嬉しかったと喜んでいた。

ずっと心に引っかかって悩んでいた部分がだいぶ良くなったと言っていた。

その同僚にうどん屋で働いていたNがラーメン屋で働いていると聞いた。

Nのラーメン屋を調べるとなんとそのNがうどん屋を始めるとのことだった。

Nのことは好きであったようでインスタのDMで連絡をとりドキドキしていたが、一週間後くらいに連絡があった。

その後面接を経て、昔のことがあってそれもなんとか話し合い、なんとか働くことが決まった。

なぜか私の実家にNが来て親に挨拶しに来た。

Nが10年前くらいにスカイツリーの方でお店を始めた初日に私たち家族がベビーカーに子供を乗せて1番に訪問してくれたことを今だにうれしかったと言っていた。

私たちにとっては何気ない思い出だったけど相手にとってはありがたく思ってくれたんだなと思った。

自分にとってもそういった思い出はある。

新しくできるNのうどん屋にはオーナーがいて、居抜きではなくスケルトンから、一から工事を始めている。

働きやすいような動線、たくさん仕込めるように大きな厨房になっていて、客席は30席くらい、立ちスペースもある。

とにかくお店作りにはお金がかかっていそうであった。

2月オープンから今までたくさんの人が来店しているようだ。

Nはキャラクターが面白くて接客がとても良くお客さんがついている。

旦那もうどんへのこだわりが強く大丈夫かなと思うところもあるけど活躍できる場所ができてよかった。

今思うと、介護で苦しい中、そこまで仕事をせず、家で手打ちうどんしていたことも粉と麺の状態と向き合う素晴らしい時間だったのかなと思う。

さっちゃんとみんなで手打ちうどんを食べたということも、時間が経てば経つほどいい時間だったのかなと思う。

うどんは加水率というものでモチモチ加減が変わるし、何時間、何日も置くことで熟成させて、うまみが変化していく。

大量に作った時に粉の種類によって、どうデザインしていくかを考える。

いろんな粉に触れたり温度と時間を変えていく。

旦那はこだわりがすごくて、今回も調節いろいろ言っていた。

おいしいうどんを出したいという一心だ。

うどんは今の時代安くて手軽に食べられて人気だけど、

そこでたくさん作って売る、、、

中々工夫と体力が大変だ。

だけれどもまだまだ人生は捨てたものではないのかなと思った。

7年前に7年間働いたうどん屋では

間違えたことやうどんの手順を100回ノートに書かされて社長に夜FAXで送るっていう、原始的なスパルタをしていて早く寝たらいいのにと思っていたがそれも血や肉になってることは間違いない。

巡り合わせや小さな奇跡が生まれて

一杯のうどんが生まれている。

今日は嫌だったなあ、今日は良かったなあとか疲れすぎとかいろいろ言ってててまだまだどうなるかだけれど、心のこもったうどんをだしたら良いかなと思う。

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